2020年 論文賞受賞決定のお知らせ(2020/09/24)
俵論文賞、澤村論文賞、ギマラエス賞について:
2019年の「鉄と鋼」、「ISIJ International」に掲載された論文を対象に選考し、2020年論文賞の受賞者が決定いたしました。
澤村論文賞は投稿数、掲載数の増加等に伴い、2019年度より受賞上限数が6件となっています。
卓越論文賞について:
「鉄と鋼」または「ISIJ International」に掲載された論文のうち、原則として前10±1カ年にわたって学術上、技術上最も有益で影響力のある論文の著者に授与されます。2019年に新設されました。
俵論文賞(4件)
- パーライトにおける内部応力の動的緩和と結晶方位関係の選択
鉄と鋼, Vol.105, No.2, pp.314-323
雨宮雄太郎,中田伸生(東京工業大),諸岡 聡(原子力研究開発機構),小坂 誠,加藤雅治(新日鐵住金)
本論文は、鉄鋼材料の代表的組織であるパーライトの変態機構が、炭素拡散に加えて内部応力の緩和プロセスにも律速される可能性に着目し、フェライト(α)/セメンタイト(θ)界面に有意な弾性ひずみが存在すること、かつ、恒温保持により内部応力が動的に緩和されることを精緻な実験により明らかにした。特に、θが斜方晶である点に着目し、電子線後方散乱(EBSD)法を活用して、局所領域におけるαとθの結晶方位を同定しながら格子定数比を実測することにより、パーライトの局所的な内部応力状態を測定したことは新規的かつ画期的な成果である。また、弾性論による理論解析に基づき、パーライト変態ならびに変態後の恒温保持中に生じる内部応力の緩和が、α/θ界面の整合から半整合への遷移により説明できることを示し、理論と実験を融合した研究としても高く評価できる。さらに、EBSDによる局所的な内部応力変化と、中性子線回折により測定した巨視的な内部応力変化とを比較して、複数のα/θ間の結晶方位関係が共存することにより、パーライト中の弾性ひずみエネルギーの最小化・等方化が図られる可能性を指摘した成果は、今後のパーライト変態における階層的下部組織形成機構の解明に資することが期待できる。以上より、本論文は俵論文賞にふさわしい論文であると評価できる。
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- 二元系溶融Fe合金の表面張力からの無限希薄溶Fe中活量係数の算出
鉄と鋼, Vol.105, No.3, pp.395-399
中本将嗣,田中敏宏(大阪大)
基盤金属材料の高温冶金プロセスにおいて、活量係数,相互作用係数,過剰自由エネルギー等の熱力学データは溶融状態にて生じる各種精錬反応や界面現象を深く理解するために必要不可欠な基礎的情報である。そのため、平衡法や起電力法など種々の手法による実験データの蓄積や市販のアプリケーションを含む推定手法が提案されてきた。その中において、本論文は高温融体の表面張力を活量係数等の熱力学データベースから高精度に推定することができるBulter-Tanakaの式を逆説的に用い、溶融合金の表面張力の値から無限希薄溶液中の溶質元素の活量係数を推定する手法を提案した非常に優れた研究を取りまとめた論文であると考えられる。特に、無限希薄溶鉄中に溶質の活量係数データベースの中で充足率が低い溶質元素は活性が高く、従来の反応容器を用いる方法では正確な活量係数の評価が困難であることが知られているが、これら通常の平衡実験が困難な高活性金属についても、近年の進歩が目覚ましい電磁浮遊法や静電浮遊法などの、非接触の振動法による金属融体の表面張力測定手法を用いることによって活量係数を推定することが可能であるため、今後の熱力学データベースの拡充に大いに期待が持てる。本論文は以上のように鉄鋼生産プロセスにおいて学術的にも技術的にも価値が高いと判断されるため、本会俵論文賞にふさわしいと考えられる。
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- 溶鋼へのガス吹込み時の物質移動係数と撹拌強度の関係
鉄と鋼, Vol.105, No.8, pp.793-802
岡山 敦(日本製鉄),樋口善彦(産業技術短期大)
種々の製鋼プロセスにおいて、溶鋼と気相の反応はプロセスの効率化や溶鋼品質の制御に大きな影響を及ぼすため、従来からその精緻な評価が試みられてきた。本論文では、溶鋼に窒素ガスを吹き込んで溶鋼中の窒素濃度の変化から窒素の溶解挙動を実験的に測定するとともに、CFDを用いた数値流動解析を用いることで、気泡と溶鋼の界面で生じる溶鋼-ガス間反応を気液界面での物質移動現象の観点から詳細に検討している。溶鋼内の気泡の挙動は直接的な測定が困難であることから物質移動係数を直接に評価することが難しい。本論文では、気泡の膨張・分裂・合体を考慮した数値流動解析に基づいて気泡表面積を算出することで、溶鋼-ガス間反応における気泡表面の影響を定量的に評価し、気泡表面と自由表面の寄与を分離することに成功した。さらに、推算された物質移動係数を攪拌動力密度を用いた実験式として報告し、先行研究との比較を通じて評価することで、研究結果の技術的な有用性を飛躍的に高めている。
以上のことから、本論文は溶鋼-ガス間反応を伴う様々な製鋼プロセスに活用できる貴重な知見を提供しており、精錬技術の進歩に大きく寄与するものである。実務面はもとより、気液反応を定量的に評価する手法を提案した点から学術面でも高く評価される。したがって、本論文は俵論文賞にふさわしい論文である。
- その場中性子回折実験による1GPa級高延性TRIP鋼の引張変形挙動解析
鉄と鋼, Vol.105, No.9, pp.918-926
土田紀之(兵庫県立大),田中孝明,田路勇樹(JFEスチール)
本論文では、微細針状の残留オーステナイトを分散させることによって、引張強さが1GPaで全伸びが40%に達する高強度TRIP鋼が実現できることを示すとともに、この開発鋼が優れた延性を示す理由を、引張試験中の中性子その場回折実験によって詳細に検討したものである。
これまでのTRIP効果に関する研究は、残留オーステナイトの加工安定性と加工誘起変態挙動に主軸を置くものであった。それに対して本論文では、高強度TRIP鋼の引張変形挙動を明らかにするために、引張変形中の残留オーステナイトの加工誘起変態挙動に加えて、構成相であるオーステナイト,フェライト,ならびにこれまでに報告例の少ない加工誘起マルテンサイト組織の応力解析を中性子回折実験によって行った。
その結果、本開発鋼における優れた均一伸びの要因として高応力(歪)域まで続く加工誘起変態、およびその領域でのオーステナイトとフェライトの相歪差が関係していることを初めて明らかにした。
本論文で得られた知見は、変形中の構成相間の応力・歪分配に加えて、応力・歪分配が残留オーステナイトの加工誘起変態へ与える影響を考慮した超高強度・高延性鋼板の開発へ応用されることが期待される。
以上、本論文は学術・技術両面で高く評価できるものであり、俵論文賞にふさわしい論文であると評価できる。
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澤村論文賞(6件)
- Effect of Sn Addition on Evolution of Primary Recrystallization Texture in 3% Si Steel
ISIJ International, Vol.59, No.2, pp.351-358
末廣龍一, 早川康之, 高宮俊人(JFEスチール)
モーターの鉄心材料として広く使用されている無方向性電磁鋼板は,再結晶・粒成長により集合組織を制御することで高透磁率,低鉄損が実現されているが、更なる特性向上に向けより精緻な集合組織制御が求められている。これまで異常粒成長における集合組織形成については多くの研究があるが、正常粒成長に関しての検討はその重要性に関わらず乏しい。
本論文では,粒界に偏析するSnの微量添加が再結晶後の正常粒成長に及ぼす影響に注目し、Fe-3%Si合金を冷間加工後種々の温度で焼鈍し、フェライト粒径と集合組織発達に及ぼす0.1%Sn添加の影響を調査した。その結果,Sn添加により粒成長が抑制されること,粒界にSnが偏析していること,Sn添加に関わらず再結晶直後の集合組織は同様であったのに対して,Sn添加により粒成長後の集合組織が{111}<112>から{411}<148>に変化することを明確にし、電磁鋼板の高付加価値化に寄与する実用上重要な知見を得ている。
このSnの粒界偏析による特異な集合組織形成を、粒界方位差に応じた粒界易動度低下の影響ととらえ、モンテカルロシミュレーション法を用いて説明を試みた点は新規なアプローチであり,学術的な価値も高い。
以上のように,本論文は,電磁鋼板の中心課題である微量元素添加が粒成長時の集合組織形成に及ぼす影響を実験、理論モデル両面から解明した価値あるものであり、澤村論文賞にふさわしい論文である。
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- Selection of the Massive-like δ-γ Transformation due to Nucleation of Metastable δ Phase in Fe-18 Mass%Cr-Ni Alloys with Ni Contents 8, 11, 14, 20 Mass%
ISIJ International, Vol.59, No3, pp.459-465
西村友宏, 松林領汰, 森下浩平(京都大), 吉矢真人, 柳楽知也(大阪大), 安田秀幸(京都大)
著者らはFe-C合金のδ/γ変態の放射光を用いた時間分解・その場観察に成功している。本論文では、これまでに開発した革新的な本手法を用いて、Fe-18mass%Cr-Ni合金のδ/γ変態の直接観察に世界で初めて成功したものである。観察の対象とした合金はNi濃度が8,11,14,20 mass%の4種類である。高温でのその場観察結果から、δ相が初晶である8,11mass% Niの合金では、δ相の凝固に引き続いて微細なγ相がマッシブ的変態で形成されること、状態図ではγ相が初晶である14、20 mass% Niでは過冷度が50K程度まではδ相が優先的に析出し、その後にγ相がマッシブ的変態で形成され、かつγ凝固が促進されることが明らかとなった。また、δ/γ界面の移動速度が8 mass% Niでは過冷度によらず0.1 mm/sであるが、11mass% Niでは0.1から数百mm/sと非常に速いことを見出し、これらの界面移動速度の差が生じる要因についても言及している。さらに、これまでの観察結果からFe基合金の包晶変態ではマッシブ的変態が共通的に選択されることを示唆している。
以上、本論文は、革新的なその場観察法を駆使して高温で得られた知見の価値は高く、さらに学術的な価値も高く評価できることから澤村論文賞にふさわしいと判断される。
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- Water Gas Shift Reaction and Effect of Gasification Reaction in Packed-bed under Heating-up Condition
ISIJ International, Vol. 59, No. 4, pp.643-654
柏谷悦章(京都大), 石井邦宜(北海道大)
日本の鉄鋼業におけるCO2削減は、2050年を目指した30%削減、さらには、2100年を目指したゼロカーボンスチールなど、難しい課題が山積みである。そこで、中心的な役割を果たすのが高炉にH2を積極的に導入することである。
しかしながら、CO還元系にH2を導入するとその反応系は複雑になり、CO還元系とH2還元系に加え、三種類のコークスガス化反応 (C + CO2= 2CO、C + H2O = CO + H2、C + 2H2O = 2H2+CO2) および水性ガスシフト反応 (H2+ CO2= CO + H2O) が同時に生起する。このため、高温の鉱石やコークス共存下では水性ガスシフト反応の影響の割合を見極めることは非常に難しい。本論文では、独自のガス分析の手法を用いて、単独での水性ガスシフト反応の速度を求め、次に3種類のコークスガス化反応が同時に生起する場合に、それぞれの反応がどのような割合で進行しているかを明らかにした。これによって初めて、3種類のガス化反応と水性ガス化反応を分離して評価することを可能とした。このことは、次にCO還元とH2還元が同時に生起する、さらに複雑な反応系の解析のための道筋をつけることに成功したものであり、高炉におけるH2利用効果の最大化に必要不可欠な知見である。
以上、本論文は高炉内の水性ガスシフト反応について、基礎実験と熱力学計算との併用により精緻に検討している点で特に学術上の有用性が高く評価でき、澤村論文賞にふさわしい論文であると判断できる。
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- Crystallographic Characterisation of Hydrogen-induced Twin Boundary Separation in Type 304 Stainless Steel Using Microtensile Testing
ISIJ International, Vol.59, No.5, pp.927-934
植木翔平, 古賀 薫, 峯 洋二, 高島和希(熊本大)
水素脆化に関しては古くから様々な研究がなされているものの、実用材料の水素脆化挙動に関しては本質的なメカニズム解明には至っていない。本研究では高精度に設計された超微小試験片を用いてSUS304鋼の水素チャージ後引張試験を行い、精緻なEBSD解析により破壊挙動と結晶方位の関係を調査している。特に、双晶界面によって生じる水素誘起双晶界面分離と呼ばれる破壊挙動に関して詳細な解析を行い、そのメカニズムを考察した。その結果、双晶界面の破面上に形成される直線状のステップがオーステナイトの(111)すべり面に対応し、その断面では (111)Aと平行なバリアントを持ったマルテンサイトが層状に形成されていることから、水素によって誘起されたオーステナイトのすべり変形により加工誘起マルテンサイトが形成されることで双晶界面にき裂が発生するという破壊機構を提唱した。さらには、マルテンサイト変態によって放出された水素によりオーステナイトのすべり変形がさらに促進されることでき裂が伝播するという仮説も提案している。
本論文は独創的な試験アプローチと精緻な結晶学的解析によって双晶起因の水素割れ機構を明確化したもので、技術的,学術的に価値のある研究であり、様々な材料への応用により水素脆化研究の新たな展開が期待されることから、澤村論文賞にふさわしい論文である。
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- Dependence of Carbon Concentration and Alloying Elements on the Stability of Iron Carbides
ISIJ International, Vol.59, No.6, pp.1128-1135
澤田英明, 丸山直紀, 田畑進一郎(日本製鉄), 川上和人(日鉄テクノロジー)
炭化物の析出現象は、鉄鋼における最重要のミクロ組織形成現象の一つである。本論文は、低温焼戻しで生成するε炭化物を主たる対象として、その相安定性におよぼす炭素濃度と合金元素の影響を明らかにしたものである。まず、第一原理計算と解析を行い、主たる結果として、bcc鉄とε炭化物との間のMnの分配エネルギーは負でありMnの分配によりε炭化物が炭素濃度によらず安定化するのに対して、Siの分配エネルギーは正であり炭素濃度25at.%の値は炭素濃度20at.%の2倍になることを見出した。このことはSiの含有によって、ε炭化物が生成しにくくなるとともに、生成するε炭化物の炭素濃度は低濃度になることを示している。次に、透過電子顕微鏡法によって、Fe-0.6C-1MnとFe-0.6C-1Mn-2Si合金(mass%)において析出する鉄炭化物種と焼戻し温度の関係を確認している。その上で、3次元アトムプローブ解析によって鉄炭化物中の炭素濃度測定を行い、両合金でε炭化物が析出する200℃焼戻し材ではSi添加によって炭素濃度が減少することを確認し、第一原理計算結果の妥当性を実証している。
本論文は、鉄鋼の低温焼戻し時の鉄炭化物の析出現象について、技術的にも学術的にも多くの有益な知見を得ており、澤村論文賞にふさわしいと判断できる。
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- Online Prediction of Hot Metal Temperature Using Transient Model and Moving Horizon Estimation
ISIJ International, Vol.59, No.9, pp.1534-1544
橋本佳也, 澤 義孝(JFEスチール), 加納 学(京都大)
高炉の安定操業においては、溶銑温度を適切に制御する必要がある。高炉溶銑温度は低くなりすぎると出銑口からのスラグ排出に問題を生じ、その温度が高くなりすぎても、大量の燃料消費とCO2排出が発生してしまうため、その温度制御は非常に重要な管理項目であると言える。
著者らは、高炉の溶銑温度安定化を自動制御する技術の創出を目的として、新たに溶銑温度予測のための1次元非定常物理モデルを作成した。モデル精度向上のために、主成分分析とリスト線図を用いてモデルの誤差を検討し、主に還元材比と還元効率の変動で説明ができることを突き止めた。この変動要素に関わるパラメーターを過去に遡って逐次修正することで、外乱影響を適切にモデル計算に反映させて、モデルを高精度化し、リアルタイムでの8時間先の予測を可能とした。
開発された本手法は、既存の統計モデルでの長時間未来予測が困難であった問題を解決し、一般的な物理モデルで課題となる原料変動などの外乱による精度低下を克服した、実用に耐える汎用性の高い内容であり、さらなる技術的発展も期待できる。理論性も高く評価でき、学術論文としての貢献度は非常に高いため、本論文は澤村論文賞にふさわしいと判断できる。
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ギマラエス賞 該当なし
卓越論文賞(2件)
- Removal of Boron from Molten Silicon Using CaO-SiO2 Based Slags
ISIJ International, Vol.49(2009), No.6, pp.783-787,
Leandro Augusto Viana TEIXEIRA, 森田一樹(東京大)
本論文は、帯溶融法などの凝固プロセスでは固液分配係数の観点から除去の難しい溶融ケイ素中ホウ素を、高塩基度スラグを用いて還元雰囲気で除去することを試み、その結果を熱力学的に整理したものであり、塩基性スラグの非鉄活性元素への適用可能性を普遍的に示すことに成功しており、鉄冶金技術の領域横断的な展開も示唆している。実験においても、ボロン除去への工夫としてCaO-SiO2にNa2OおよびCaF2を加え、さらにケイ素が酸化されないような低酸素分圧雰囲気下でのスラグ-メタル反応制御を行っている。ホウ素をホウ酸イオンとしてスラグ中に除去する反応をボレートキャパシティの概念を導入して系統的に説明することに成功しており、サルファイドキャパシティとの比較を対数関係において行うことで、酸化物イオンの働きについての妥当性の確認を行うなど、学問的な完成度も高い。鉄鋼不純物元素の化学的除去、特に塩基性酸化物による酸化精錬は従来より精力的に研究が進められており、鉄鋼技術の進展や用途の拡大に伴う不純物元素の多様化に対応するための指針として、スラグキャパシティの概念と、高塩基性酸化物、高塩基度フラックスの評価は重要であり、本論文のように原理原則に則ってスラグ性能の評価を一貫して行うような試みは、精錬プロセス研究に永続的に影響を与えると考えられ、卓越論文賞にふさわしい論文である。
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- Hydrogen Delayed Fracture Properties and Internal Hydrogen Behavior of a Fe-18Mn-1.5Al-0.6C TWIP Steel
ISIJ International, Vol.49(2009), No.12, pp.1952-1959,
Kyoung Ho SO, Ji Soo KIM, Young Soo CHUN(Pohang Univ. of Science and Technol.), Kyung-Tae PARK(Hanbat National Univ.), Young-Kook LEE(Yonsei Univ.) , Chong Soo LEE(Pohang Univ. of Science and Technol.)
高強度自動車用鋼板開発においては、車体軽量化や環境規制といった要望に応えるべく、様々な研究が進められている。その中で、引張強さ1200 MPa以上、全伸び70%といった優れた機械的特性を示す、Mnを15~25 mass%含むTWIP(twinning induced plasticity)鋼が注目されている。高強度鋼板の開発においては、水素脆化の影響についても検討すべき重要な課題である。本論文は、TWIP鋼に対して定量的に水素脆化特性を評価した世界で初めての論文である。
著者らは、Fe-18Mn-1.5Al-0.6C TWIP鋼を用いて、低ひずみ速度試験と昇温脱離法を行うことで、水素脆化特性について検討を行った。得られた主な結果としては、低ひずみ速度試験後、ほとんどの水素は非拡散性となることや、水素のトラップサイトは転位,粒界,双晶であること、さらにこれらのトラップサイトからの水素離脱の活性化エネルギーをそれぞれ定量的に評価した。これらの知見は、その後のTWIP鋼を含めたオーステナイト鋼の水素脆化の進展に大きく寄与している。
以上のことから、本論文は、TWIP鋼の水素脆性評価において先駆的な研究のひとつとして高く評価されており、卓越論文賞にふさわしいと判断できる。
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